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徳島地方裁判所 平成4年(ワ)436号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三〇四万六二五二円とこれに対する平成四年一一月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告の請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成二年一月一一日午後六時七分ころ

場所 徳島市二軒屋町一丁目四〇番地先の国道四三九号線上

加害車 原動機付自転車(鴨島町よ三〇七)

右運転者 被告

事故態様 被告は、加害車を運転して国道四三九号線の車道を南から北に向かつて進行中、前方注視を怠つたため、右道路を西から東に向かつて歩行横断中の原告に接触し、原告を転倒させて重傷を負わせ、救護措置をとらず又警察官に事故の報告しないで逃走した。

(二) 本件事故が被告車によることについて

以下の事情から、原告が受傷したのは、被告車に接触されたことが原因であると認められる。

(1) 事故現場は、市内の整備された主要幹線道路であり、道路に二輪車がハンドルをとられて転倒するような凸凹があつたとは考えられない。前方を注視して走行しながら、自分が何によつて転倒したか判らないというのは不自然である。事故現場が十分に明るかつたのであり、被告は、前方注視を怠つていたか、飲酒運転をしていたものと推察できる。

(2) 現場付近の歩道を通行中の女子大生が、ひき逃げと判断して、被告車の登録番号とともに一一〇番通報をしたことから、被告車が割り出された経過から見て、原告が被告車と接触したことが明らかである。

(3) 原告が、自ら転倒したのであれば、とつさに防御機能が働き、手を突くなどするから受傷しても軽度に止まるが、いきなりバイクによつて強い衝撃ないし圧力を受けて転倒したので、頭部その他に多くの傷害を受けたのである。

(4) 被告は、本件事故の翌日及びその後一回、原告の入院していた田岡病院に見舞いに来て、原告に対し、「私の車の保険でいけるから十分治療してほしい。」と話しかけ、更にひき逃げの言い訳をしかけて、原告の付添家政婦から「今大事なときだから話をしないで下さい。」と注意を受けた。

(5) 原告は、被告が保険契約をしていた徳島県農業共済組合連合会に対して、鴨島農協を通じて、自動車損害賠償責任共済の被害者請求をしたところ、右連合会は、綿密な調査をした上で被告の過失を認め、共済金全額を支払つた。

2  原告は、本件事故により、外傷性くも膜下出血・外傷性硬膜下血腫の傷害を負い、次のとおり田岡病院に入・通院した。

(一) 平成二年一月一一日~同年二月二五日(四六日間)入院

平成二年四月三〇日~同年五月三〇日(三一日間)入院

(二) 平成二年二月二六日~同年四月二九日及び同年五月三一日~平成三年一二月一一日(五六〇日間)のうち三五日間通院

3  被告は、民法七〇九条及び自賠法三条による損害賠償責任を負う。

4  損害額

(一) 入通院慰謝料 二一七万六六六六円

(二) 付添看護費 五七万八〇七六円

(1) 家政婦による付添看護費 四九日分 四五万二〇七六円

(2) 家族による付添看護費 二八日分 一二万六〇〇〇円

(三) 休業損害 九万〇三〇〇円

(1) 原告は、長男夫婦(ともに通勤していた。)と同居し、家事を担当していた。

(2) 休業損害は、次のとおり、九万〇三〇〇円である。

一日四三〇〇円×二一日間(平成二年一月一一日~同月三一日)=九万〇三〇〇円

(四) 入院雑費 八万四七〇〇円

一日一一〇〇円×七七日間=八万四七〇〇円

(五) 通院交通費 一万二九二〇円

徳島市バスの利用は三五回である。

(六) 後遺障害慰謝料 二四〇万円

原告には、後遺障害等級第一二級の後遺障害がのこつた。

(七) 右(一)~(六)の損害額合計は、五三四万二六六二円である。

(八) 原告は、自動車損害賠償責任共済から、合計二二九万六四一〇円の支払を受けたから、被告に請求すべき金額は、三〇四万六二五二円となる。

よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、三〇四万六二五二円とこれに対する不法行為の後である平成四年一一月二一日(本訴提起の翌日)から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  原告主張の日時・場所で、原告が転倒した事実は認め、それが被告車との接触によるものであることは否認する。

被告は、歩道から〇・五~一・〇m離れた位置を、前方を注視しながら、時速二〇~二五kmで走行していた際、何かにハンドルをとられて転倒したが、被告自身怪我もせず、また車の損傷もなかつたので、そのまま起き上がり、そこを離れた。被告が転倒したのと同時刻ころに、被告車の後方で原告が転倒したらしかつたが、被告がそれに気付かずに現場を離れたので、ひき逃げ事件と誤解されたものの、その後の捜査で、原告の転倒と被告の車の運行とが無関係であることが判明した。

2  請求原因3は否認する。

その余の請求原因事実は知らない。

第三当裁判所の判断

一  争いのない事実、甲第一、第二、第八号証、乙第一、第二号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(一)  平成二年一月一一日午後六時七分ころ、徳島市二軒屋町一丁目四〇番地先で、国道四三九号線を横断しようとした原告(大正七年一月五日生。当時七二歳)が転倒し、外傷性くも膜下出血・硬膜下血腫の傷害を負つた。

原告が転倒したのとほとんど同時に、ほとんど同じ場所で、バイクを運転していた被告(大正一五年一月二〇日生。当時六三歳)も転倒した。

(二)  被告は、そのままその場から立ち去つたが、近くを通行していた若い女性(氏名不詳)が、前記国道に面して原告の転倒した場所の南側にある青果店の店主(当時店の奥にいたので、被告車の転倒音を聞いただけで、転倒の現場は目撃していなかつた。)に対して、単車と歩行車との事故であり、単車の登録ナンバーが「鴨島よ三〇七」である旨告げ、右店主が直ちに一一九番で救急車の出動を求めた。

(三)  右救急車出動の事実は、六時八分に消防から徳島東警察署に一一〇番通報され、警察官は、六時一六分に現場に到着した。

他方、前記青果店の店主は、六時一二分に「ひき逃げです。車はオートバイ、番号は鴨島よ三〇七で男が乗つており、金比羅方向へ逃走しました。救急車は今着きました。」との一一〇番通報をした。これを受けて、警察では交通事故事件として右バイクの手配をした。

六時二一分、消防から警察に対し、原告を田岡病院に搬送した旨の一一〇番通報(続報)かなされた。

(四)  同日午後七時、担当警察官から、徳島東警察署に、「川島警察署において帰宅途中の被疑者を確保したので、手配解除願う」旨の連絡があつた。警察が捜査した結果は次のとおりである。

(1) 被告から事情聴取したところ、被告は、原告とぶつかつたことを否定し、「道路前方に黒つぽい物があつたので、それを避けようとしてブレーキをかけたところ、バランスを失つて転倒した。その黒つぽいものには接触していない。それが何であつたか確認していない。それが人間だとは思わなかつた。」旨供述した。

(2) 警察官か、事故の当日、田岡病院において、医師の許可を得たうえで、原告から事情聴取し、交通事故に遇つたかと質問したところ、原告は、頭を横に二~三回振つて否定し、自分で転倒したのかとの質問に対しては、頭を上下に振るゼスチヤーをした。

そして、後日、警察官が、入院中の原告にその衣類を返還に行つた際にも、事情を聴取したが、バイクとか車については知らない旨供述した。

(3) 警察の鑑識課員が被告車に原告の衣類等の付着がないか検査したが、原告から預かつた事故当時着ていた衣類の繊維痕等は発見できなかつた。

(4) 警察への通報者である青果店主から事情聴取したが、同人は、直接の目撃者ではなく、被告車の転倒音しか聞いていないとの供述を得たにとどまつた。

なお、警察官は、事故の当日の午後六時二〇分から午後七時一〇分までと同日午後一〇時五分から三五分まで、現場で実況見分をした。

(5) 以上より、徳島東警察署では、同一日時場所において、それぞれが転倒した自損事故と認定し、業務上過失傷害事件あるいは道路交通法違反事件としては処理せず、供述調書も実況見分調書も作成しなかつた。

なお、同署で作成した交通事故事件簿の交通事故受理簿欄の事故類型欄には、「不明(調査中)」に該当する旨の記戴がある。

(五)  自動車安全運転センター徳島県事務所長作成の平成二年一〇月五日付けの交通事故証明書には、事故照会番号として、徳島東警察署の前記交通事故事件受理簿の受理番号が記戴され、事故類型として「不明(調査中)」に該当する旨の記戴がある。

また田岡病院作成の平成三年一二月七日付け診断書には、傷病名として外傷性くも膜下出血・硬膜下血腫、その原因として交通事故との記載がある。

(六)  原告は、当法廷での尋問に対し、道路を横断しようとしていたことや何か大きな音がしたような記憶はあるが、被告車に接触したか否か全くわからないし、自分が転倒したか否かも記憶していないと答えた。

二  右認定の事実からは、被告車と原告とが接触したと認めるのは困難であり、また被告が保険契約をしていた徳島県農業共済組合連合会に対して、鴨島農協を通じて、自動車損害賠償責任共済の被害者請求をしたところ、右連合会が、共済金全額を支払つた事実があり、被告において入院中の原告を見舞つた際、見舞いの品を贈り、原告に対し「警察沙汰になつたときには双方良い話しにしよう」とか「保険に入つているから十分なことをする」と言つた事実があつたとしても、これらの事実から、間遅いなく被告車が原告と接触したと断言することはやはり困難である。

結局、被告車と原告とが接触して原告が受傷したと認めるだけの証拠がないといわざるをえない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤謙一)

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